東京高等裁判所 昭和28年(う)770号 判決 1953年6月26日
控訴人 原審検察官
被告人 鈴木京子
検察官 中野光治
主文
本件控訴を棄却する。
理由
検察官の控訴趣意は別紙記載のとおりである。
そこで検討してみるに、本件控訴事実は「被告人鈴木京子は昭和二十一年八月二十一日より同二十三年九月二十八日迄の間三条市所在新潟県農業会三条病院において麻薬小売業者として法定の麻薬取扱者の免許を有していたものであるが、昭和二十三年八月頃業務の目的以外のために自己所有の麻薬ナルコポン末四・九瓦を三条市大字三条字大町米田優夫方に於いて同人を介し渋谷虎尾に譲渡したものである」というのであるところ、一件記録によると、右の事実関係は、被告人が昭和二十三年三月頃同じく薬剤師であつて麻薬取扱者の免許を受けていた米田優夫に対し自己のかねてから所有していた公訴事実記載の麻薬を他に売却してくれと依頼して交付し、その後別段催促もせずにいたところ、同年八月になつて同人は右の麻薬を渋谷虎尾に売り渡し、その代金を被告人に交付したというのであること、そして被告人及び米田の右の所為がその業務の目的以外のためにしたものであることが認められるのであつて、この場合問題となるのは、被告人が米田優夫に対し他に売却方を依頼して麻薬を交付した昭和二十三年三月頃は麻薬取締規則の施行当時で、同規則によると、被告人のような麻薬取扱者は、たとえその業務の目的以外のためであつても、麻薬を販売し、授与し、使用し又は所持することが許されていたのに対し、その後同年七月十日に同規則に代つて麻薬取締法が施行され、その第三条第一、二項によると、麻薬取扱者であつても、その業務の目的以外のために麻薬を譲り渡す等の行為をすることは禁止され、この禁止に違反すれば処罰を受けるようになつたということ、いいかえれば米田優夫が渋谷虎尾に本件麻薬を売却した当時においてはその譲り渡し行為は違法な行為とされることになつたということである。原判決は、かかる関係を前提として、被告人については同年三月頃麻薬を米田に手交した際にその「譲り渡し」の行為が完了しているのであつて同年八月の代金授受の時に「譲り渡し」の行為が完成したとみるべきではない。しかるに被告人の譲り渡し行為は麻薬取締規則施行当時のもので、同規則によればこれを処罰することはできないのだから、結局被告人の行為は罪とならないものである、として無罪を言い渡したのであるが、これに対し、検察官の論旨は、(一)被告人が米田に本件麻薬を手交した行為は麻薬取締規則第二十三条にいう「授与」ないしは麻薬取締法第三条にいう「譲り渡し」に該当せず、被告人は手交後においても依然として麻薬の所有権を保有しており、右麻薬については被告人と米田との間に共同所持の関係が存続している、(二)そして、同年七月十日麻薬取締法の施行後は右麻薬の不法所持につき被告人米田ともに同法第三条違反の罪が成立する関係にあり、かく解する以上米田がこの麻薬を第三者に売却した行為は米田の単独犯行と解することはできず、むしろ被告人の麻薬販売を幇助したものと見るべきである、(三)しかるに原判決は昭和二十三年八月頃被告人が麻薬を他に譲り渡したものではないとして無罪を言い渡したものであつて、右は事実の誤認であるか法令の適用の誤を冐したものであり、破棄を免れない、と主張するのである。
しかしながら、右に摘示した論旨を一読してもわかるとおり、米田優夫が本件麻薬を渋谷虎尾に売却した当時右の麻薬に対し被告人と米田との共同所持の関係が成立していたということから直ちにその売却行為が被告人の犯罪行為であるという結論は出てこないのであつて、論旨は肝要な点において論理に飛躍があるといわなければならない。いやしくも被告人に犯罪ありとしてこれを処罰するためには、そこになんらかの被告人の行為が存在しなければならぬことは当然の事理である。しかるに、麻薬取締法施行後被告人と米田との共同所持の関係が成立しているというのは一つの状態を意味するにすぎず、それ自体はなんらの行為でもない。それにもかかわらず米田がその麻薬を他に売却したことによつて被告人の犯罪が成立するという論旨の理論構成は、刑法の大原則に反するものである。所論はその限りにおいて採ることができない。
思うに、本件の問題は、昭和二十三年八月頃米田優夫が本件の麻薬を渋谷虎尾に売却した事実からまず出発すべきであるが、右の売却行為は麻薬取締法上いかなる行為に該当するのであろうか。この点については結局麻薬取締法第三条第一項にいわゆる「譲り渡し」の意義が問題となるわけであつて、それにはこれを所有権移転行為の意に解する説と単なる占有の移転行為と解する説とが考えられる。しかるに最高裁判所昭和二十六年(あ)第三六三四号同二十七年四月十七日第一小法廷判決(刑事判例集第六巻四号六七八頁)は「麻薬の売却方を依頼して他人に交付することは、麻薬取締法第三条にいわゆる麻薬の譲渡にあたる」と判示しているのであつて、この判断は明らかに「譲り渡し」を占有の移転の意に解しているものと見なければならない。けだし売却方を依頼し交付するような場合には所有権はまだ依頼者に留保されているのが一般であるから、所有権移転説を採る以上はかかる場合にはまだ「譲り渡し」が完成したことにならない筋合だからである。そこで、かような判例の解釈に従つて考えてゆくと、麻薬の売却方を依頼しこれを被依頼者に交付すればそれだけで「譲り渡し」の罪が成立するとともに、被依頼者がこれをさらに他に売却して交付すれば、その際さらにその被依頼者自身の「譲り渡し」の罪が成立することになる。これは占有移転説を採る以上当然の帰結で、これを本件について見れば、米田優夫が本件麻薬を渋谷虎尾に売却交付した所為は、米田自身の「譲り渡し」に該当するのである(論旨は、米田の所為は、幇助だというが、それは論旨が所有権移転説を前提としているからで、なるほど所有権移転説をとれば所有者でない者は正犯たりえないから従犯だというほかはないであろう。しかしこの前提は当裁判所の採るところではない。)それゆえ、原判決が同年八月には被告人の「譲り渡し」の行為は存在せず、被告人のそれは同年三月に完了していると判示したのは、(厳密にいうとその当時は麻薬取締法は施行されておらず、従つて「譲り渡し」という同法上の概念をそこに使用したのはやや語弊があるけれども)正当であるといわなければならない。もつとも、それでは被告人は米田の右「譲り渡し」につき無関係なのかと問われればもとよりそうではない。すでに認定したところからして明らかなように、米田が麻薬を渋谷に譲り渡したのは被告人の依頼によるものであり、米田は被告人の依頼によつて右麻薬の譲渡を決意したものであるから、その依頼行為は観念上教唆をもつて目すべきものであろう。しかしながら、被告人が米田に対し売却方を依頼したのは前述のように同年三月頃のことで、被告人自身が麻薬を売却しても米田がこれを売却してもそれは禁ぜられていなかつた時の出来ごとである。罪とならない時代の行為が後に至つて処罰せらるべきでないことは日本国憲法第三十九条の明定するところであつて教唆犯といえどもその処罰はあくまで教唆行為そのものに由来するのである以上、被告人の右の所為は罪とならないものといわなければならない。教唆犯が正犯の行為を俟つて成立するということを理由としてこの場合も被告人の処罰を肯定するがごときは、明らかに従属性理論を誤解したものである。そして、本件においては、被告人は前記の依頼をした後なんらの催促もしないでそのままにしていたというのであつてみれば、麻薬取締法施行後においては被告人の行為としてはなんら処罰に値するものがないというほかはない。強いていうならば麻薬取締法施行後米田に対し売却の委託を取り消さなかつたという不作為が問題となるわけであるが、この不作為を米田の譲渡に対する加担行為と解することはなお疑問であるのみならず、被告人が米田を介して麻薬を譲り渡したという本件訴因はいずれにしても認められないことに帰するので、原判決が被告人に対し無罪を言い渡したのは結局正当であるというべきである。論旨は理由がない。
以上の次第であるから、刑事訴訟法第三百九十六条に従い本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 大塚今比古 判事 山田要治 判事 中野次雄)
控訴趣意
第一点事実誤認 原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。
第一、公訴事実及無罪判決理由
(一)公訴事実 本件公訴事実は「被告人鈴木京子は昭和二十一年八月二十一日から同二十三年九月二十八日迄の間三条市所在新潟県農業会三条病院において麻薬小売取扱者の免許を有していたものであるが昭和二十三年八月頃業務の目的以外のために自己所有の麻薬ナルコポン末四・九瓦を三条市大字三条の米田優夫方において同人を介し渋谷虎尾に譲渡したものである。」と謂うのである。
(二)無罪判決理由 本件無罪判決理由は、(イ)被告人は昭和二十三年当時麻薬小売業者の免許を有するものであつたが当時家庭の事情から終戦前より所持していた麻薬ナルコポン末四・九瓦を売却処分しようと決意し同年三月頃麻薬取扱者にして薬剤師なる友人米田優夫に処分方法の一切を委せて右の麻薬の所持を移しそのままになつていたところ米田は同年八月頃此の麻薬を同業者の渋谷虎尾に三千二百円にて売却し内三千円を被告人に交付した事実が認められる。(ロ)そうすると被告人鈴木としてはその業務の目的以外のために昭和二十三年三月頃に既に右麻薬を米田に交付し以て譲り渡しの行為を完了しているのであつて同年八月の代金の授受の時を以て右譲渡行為が完成したと見るべきではない。(ハ)従つて被告人の行為は麻薬取締規則によるべきところ同規則には麻薬取締法第三条第二項に相当する明文がなく結局罪とならざるものとして無罪の言渡しをする。」と謂うのである。
第二、本件麻薬取引関係の事実の証拠資料
(一)鈴木京子の供述 (イ)本件麻薬の入手経路 麻薬ナルコポン末を入手したのは終戦前の昭和十九年頃で当時私は三条市の農協連病院に勤めていた際母が強度の近視のため度々頭痛を訴えたので鎮痛剤にしようと考えた挙句勤務先の病院から当時一円か二円でナルコポン末五瓦入一瓶を買つて持帰り倍用散として〇・一瓦を母の鎮痛用に使用しその残量四・九瓦を所持していた。(ロ)鈴木京子の麻薬転売の決意 昭和二十二年春夫興一は東京工業大学に入学し東京で勉学中であつて学資を毎月送金しており経済上非常に苦しかつたので手許にあつた麻薬ナルコポン末四・九瓦を他人に転売して現金に替えたいと考えた。(ハ)鈴木の米田優夫に対する転売方依頼及び麻薬の交付 米田優夫は小学校時代の同級生であり且つ薬剤師としてお互に親密に交際し私の家庭の事情経済上の問題をも知悉しておられたので米田に対し昭和二十三年三月か四月頃麻薬ナルコポン末四・九瓦の転売方を依頼し麻薬の現品を交付した。麻薬の現品は五瓦入瓶の封を切つたもので〇・一瓦を使用した残量の四・九瓦であつた。麻薬を転売するには瓶の封を切つてあることはその麻薬の品種性質に信用がなく取引上不利益であるので米田に対し「若し取引の相手が麻薬の瓶の封を切つてある点についてその麻薬の品種性質に擬を抱き取引を嫌がつたならば自分の方へ現品を返却してくれ」と特に念を押しておいた。取引価格については当時の闇取引の相場で転売して貰うことにし出来る限り高く売れればよいと期待したが自分の方から麻薬の値段はつけなかつたその頃の麻薬の闇相場ではナルコポン末四・九瓦は約三千円位であつた。取引の期限についてはいつまでに現金が欲しいから何月何日頃迄に金にしてくれというようなことは云わなかつたが出来る限り早い時期に転売し現金に替えて貰いたいと希望を述べておいた。米田に麻薬の転売方を依頼し麻薬を交付したのは昭和二十三年三月か四月頃であつたがその後麻薬が現実に転売せられた同年八月頃迄の間に自分の方から米田に対し「麻薬を早く転売してくれ」と催告したことはないが米田の方から「例の頼まれた麻薬はまだ売れないからもう少し待つてくれ」という挨拶はあつた。(二)米田の麻薬の転売及び鈴木に対する代金の授与 米田が麻薬の転売をしたのは昭和二十三年八月頃であつてその頃米田から「麻薬が三千円で売れた」との連絡があり米田方を訪問し同人より代金として現金三千円を受取つた。転売の謝礼については何等約束もなかつたし代金を受取つた際に謝礼を与えなかつた。
(二)米田優夫の供述 (イ)鈴木京子から麻薬の転売方の依頼及び麻薬の交付 昭和二十三年二、三月頃鈴木から一身上の都合で他え売捌方を頼まれてナルコポン末四・九瓦の交付を受けた。代金幾らで処分してくれという代金の指定はなかつた。(ロ)米田の麻薬の転売 昭和二十三年八月頃自宅で本件麻薬ナルコポンを薬品の仕入先である渋谷虎尾へ三千二、三百円で売渡した。渋谷とはお互いに薬剤師で信用している間柄であり渋谷は他の医者から麻薬の入手方を頼まれていると云つたので本件ナルコボン末を売り渡したがその際中毒患者に用いたり不当な値段で取引されて間違いを起さないところへやつて貰いたいこと及び麻薬は封を切つて多少手がつているからその相手方が取引をするのを断つた場合は現品を戻して貰つても已を得ないという意味のことを話合い最初に現品を渡しそれから一週間か十日位後に代金として三千二、三百円位を持つて来た。(ハ)鈴木に対する代金の授与 鈴木にはその頃自宅で三千円を本件ナルコポン末の代金として渡した。
第三、本件麻薬取引の事実の認定
(一)裁判官の事実の認定 裁判官は本件麻薬取引の事実関係を「被告人鈴木は昭和二十三年当時麻薬小売業者の免許を有するものであつたが家庭の事情から終戦前より所持していた麻薬ナルコポン末四・九瓦を売却処分しようと決意し同年三月頃麻薬取扱者にして薬剤師なる友人米田優夫に処分方法の一切を委せて右麻薬の所持を移しそのままになつていたところ米田は同年八月頃此の麻薬を薬剤師の渋谷虎尾に三千二百円で売却し内三千円を被告人鈴木に手交した。」と認定し右事実の法律判断として「被告人としてはその業務の目的以外のために昭和二十三年三月頃に既に右麻薬を米田に手交し以て譲り渡しの行為を完了しているのであつて同年八月の代金授受の時を以て譲渡の行為が完成したと見るべきでない。」としている。即ち裁判官は「鈴木京子が米田優夫に麻薬の売却方を依頼して麻薬を交付したことは麻薬取締法第三条の所謂麻薬の譲渡と同一である。」と判断しているものの如く認められる。
(二)検察官の主張 検察官は本件事案において次の如き問題点を取上げる。即ち(イ)第一の問題点として「被告人鈴木京子が昭和二十一年八月二十一日から同二十三年九月二十八日迄の間麻薬小売業者として麻薬取扱者の免許を有していたが当時の家庭事情から終戦前より所持していた麻薬を売却処分しようと決意し昭和二十三年三月頃麻薬小売業者米田優夫に転売方依頼して麻薬を交付した事実」が(1) 麻薬取締規則違反となるかどうか。(2) 被告人鈴木が米田に対し麻薬の転売方を依頼して麻薬を交付した場合その麻薬についての所有権を喪失するものなのかどうか。(3) 裁判官所論の如く「麻薬の譲渡」に該当するものかどうか。(4) 裁判官所論の「麻薬の譲渡」は麻薬の授受と同様に解しているかどうか。の四つのことが想定せられるが(1) については麻薬取締規則違反とはならない。(2) については被告人鈴木は麻薬の所有権を保有している。(3) については「麻薬の譲渡」に該当しない。(4) については麻薬の授与に該当しない。と解する。(ロ)第二の問題点として「米田が被告人鈴木より麻薬の転売方を依頼せられ麻薬の交付をうけ之を預り昭和二十三年七月十日麻薬取締法施行の日まで転売目的を以てこれを保管していた事実」(1) が麻薬取締規則の違反となるかどうか。(2) 米田の麻薬の所持は所有権者たる被告人鈴木との間に共同所持の関係が成立しないのかどうか。の二つのことが想定せられるが、(1) については麻薬取締規則違反とはならない。(2) については被告人鈴木と米田との間には麻薬の共同所持の関係が成立する。と解する。(ハ)第三の問題点として「昭和二十三年七月十日麻薬取締法施行後においても従来より引続いて米田が被告人鈴木より転売方依頼せられ領り保管中の麻薬を転売目的を以て所持している事実」が(1)麻薬取締法違反となるかどうか。(2) 米田の麻薬の所持は所有権者たる被告人鈴木との間に共同所持の関係が成立しないのかどうか。の二つのことが想定せられるが(1) については麻薬取締法第三条第二項違反となる。(2) については被告人鈴木と米田との間には麻薬共同所持の関係が成立し従つて被告人鈴木及び米田は共に同法第三条第二項違反となる。と解する。(ニ)第四の問題点として 「昭和二十三年八月頃米田が渋谷虎尾に対しその業務の目的以外のために麻薬ナルコポン四・九瓦を売却した事実」は(1)麻薬取締法違反となるかどうか。(2) 米田の単独犯行なのかどうか。(3) 米田の行為は所有権者たる被告人鈴木の麻薬販売を幇助したものに該当しないのかどうか。の三つの点が想定せられるが(1) については麻薬取締法第三条第二項違反となる。(2) については米田の単独犯行とは解せられない。(3) については米田の所為は被告人鈴木の麻薬販売の幇助行為である。と解する次第である。
(A)第一の問題点 裁判官は「被告人鈴木が昭和二十三年三月頃米田優夫に対し麻薬の転売方を依頼してナルコポン末四・九瓦を交付したことはその処分方法の一切を委せて麻薬の所持を移したものであつて譲り渡しの行為完了している。」としているが右は(イ)被告人鈴木が本件麻薬の所有権者である点。(ロ)被告人鈴木と米田との間に麻薬の共同所持の関係がある点。(ハ)被告人鈴木が転売方を依頼して米田に本件麻薬を交付したのは「麻薬の授与」又は「麻薬の譲渡」とは解することは出来ない点。の三点を看過して事実関係を誤り認定したものと思料する。(1) 被告人鈴木は本件麻薬の所有権者であり麻薬小売業者の免許を有する麻薬取扱者なるが故に麻薬を所持し所持することは麻薬取締規則(昭和二十一年厚生省令第二十五号)第四十二条により許容されている。従つて終戦当時より本件麻薬を所有し所持しおる事実は何等麻薬取締規則違反とはならない。米田優夫は麻薬小売業者の免許を有する麻薬取扱者であるが故に被告人鈴木より他に転売方依頼を受け麻薬の交付をうけてこれを預り所持していることも麻薬取締規則第四十二条により許容され何等麻薬取締規則違反とはならない。(2) 被告人鈴木が米田に対し麻薬の転売方を依頼して麻薬を交付した場合においてはその間に所有権移転を伴う契約関係が存在しないから所有権を失するものではない。被告人鈴木は麻薬の所有権を保有しつつ米田に対し麻薬の転売方を依頼してその保管を託したものであり米田は被告人鈴木のために転売目的を以て預り保管しているに過ぎない。従つて被告人鈴木と米田優夫との間には本件麻薬の共同所持の関係が成立するものと認めねばならない。最高裁判決(昭和二十四年五月二十六日判決判例集三巻六号八百六十九頁)は銃砲等の所有者が他人に之を預けていた事実について「銃砲等所持禁止令制定の趣旨は要するに占領軍をはじめその他一般人に対し危害を加えるに役立つべき同令所定の物件が隠匿保存せられることを根絶せんとするにあることは多言を要しないところである。されば同令に所謂所持とは斯る物件に対しこれが保管につき支配関係を開始しこれを持続する所為を謂うのである。従つてそれらの物件の所有者がその保管を他人に託したとしてもその受託者を通じて間接にそのものの保存につき支配関係を持続する限りなお該物件を所持するものと謂はざるを得ないのである。そして此の場合の受託者が意思能力を有し責任能力を有するか否かはもとより前示結論を左右するものではない。記録によれば被告人は原審公判廷において「自分はその所有にかかる本件拳銃一挺及び指揮刀並びに軍刀各一振を昭和二十年四月頃(銃砲等所持禁止令施行前)から土屋千代に預けていたのであるが同二十一年六月二十五日同令施行後も同令及び同令施行規則による正規の手続を怠り右土屋方に預けたまま放置しうち拳銃一挺は同二十二年四月頃から肩書自宅に持帰つて同年十月二十六日頃迄所持していた。」旨供述しているのである。右供述するところによるも被告人は判示拳銃その他の物件も銃砲等所持禁止令施行以来昭和二十二年十月二十六日頃迄所持していたものといい得るのである。」旨判示しているがこれを本件事案につき検討し被告人鈴木京子及び米田優夫の供述を綜合するときは「被告人鈴木は米田に対し若し取引の相手方が麻薬の瓶の封を切つてあることにつき内容の麻薬の品種性質に疑抱をき取引をいやがつたならば自分の方に現品を返却してくれと特に念を押して麻薬の転売方を依頼してこれを交付したものであり米田に転売方を依頼して麻薬を交付したのは昭和二十三年三月か四月頃(麻薬取締法施行前であつたがその後四ケ月位後の同年八月頃(麻薬取締法は同二十三年七月十日施行せられた)に現実に麻薬が転売せられたがその間に米田から「例の頼まれた麻薬はまだ売れないからもう少し待つてくれ」という挨拶があつた。米田優夫は小学校時代の同級生であり薬剤師としてお互いに親密に交際し私の家庭の事情、経済上の問題も知悉しておられた。」の如き関係であつて「被告人鈴木は米田に対し何時でも麻薬の返還を請求することが可能であり且つ自由であり又米田よりは被告人鈴木に対し何時でも麻薬を自由に返却して差支なく被告人鈴木においては米田が麻薬の返還を申し出た際にはこれが受領を拒否することが出来ない関係にある。又米田においては若し被告人鈴木から麻薬の返還を請求された場合には直ちにこれに応ずる義務があり麻薬の返還を拒絶することは出来ない関係」にあるものと認められ右最高裁判示の如く「本件麻薬の所有者たる被告人鈴木がその麻薬の保管を米田に託しその受託者米田を通じて間接に麻薬の保存につき支配関係を持続しているもの」と思料せられる。果して然らば被告人鈴木と米田との間に本件麻薬につき共同所持の関係が存在しているものと認めなければならない。名古屋高裁判決(昭和二十五年十一月九日判決)は「被告人望月善男が被告人安江淳景から正月の金が慾しいから売つてくれと頼まれて麻薬を預つておき二日間保管していたが買主が無いので被告人安江に麻薬を返却した」事案について「(一)被告人安江淳景は昭和二十四年十二月頃四日市市の居宅において麻薬塩酸モルヒネ一瓦を不法に所持した。(二)被告人望月善男はその頃四日市市の居宅において前記麻薬を不法に所持した」旨事実を認定しているのは右事案の場合には前記最高裁所論の如く「他に転売を依頼した被告人安江も麻薬につき自己の所持を失わず且つ転売方依頼をうけて麻薬の交付をうけてこれを所持した被告人望月を通じて間接に支配関係を持続するものと解し両者の間に麻薬の譲渡譲受の関係の成立を否定したもの」と解したものと思料せられる。此の事実を麻薬取締規則に照すと被告人鈴木及び米田はいずれも麻薬小売業者の免許を有する麻薬取扱者であるが故に同規則第四十二条により麻薬の所有又は所持が許容せられ何等犯罪を構成するものではない。(3) 被告人鈴木が麻薬の転売方を依頼して本件麻薬を米田に対し交付した場合においても前記(2) の如く被告人鈴木は本件麻薬の所有権を保有し且つ米田との間に共同所持の関係が成立するものと解するならば「転売方依頼し麻薬を交付する事実」は裁判官所論の如く「麻薬の譲渡しに該当する」ものと解することは出来ない。麻薬取締規則第二十三条には「麻薬取扱者でなければ麻薬を製剤、小分、販売、授与又は使用することは出来ない。」旨規定している。最高裁判決(昭和二十五年三月三十日判決判例集四巻三号四百三十七頁)は「旧麻薬取締規則第四十二条は麻薬を所有又は所持する静的な行為を取締るものであり、同二十三条は麻薬を製剤、小分、販売、授与又は使用する動的な行為を取締るものである。そして後者に当然伴う麻薬の握持行為は後者に吸収され特に所持として罰すべきものではないが、かかる場合でない前の違反行為と後の違反行為とは必らずしも通常手段結果の関係があるものと云えないばかりでなくその取締の目的と法益とを異にするから各独立した別罪を構成するものと解するを相当とする。」旨判示している。而して「被告人鈴木が麻薬の所有権を保有しつつ米田に転売方依頼して麻薬を交付し米田が之を預り保管している関係」は被告人鈴木の麻薬の所有並に被告人鈴木と米田との共同所持の関係であつて前記最高裁判決判旨の「静的な行為」に該当するものと認められ同判決判旨の「麻薬の授与という動的な行為」に該当するものとは認め難い。裁判官が「麻薬の売却方を依頼して他人に交付することは麻薬の譲渡にあたる」と解しているのは最高裁判決(昭和二十七年四月十七日判決判例集六巻、四号六百七十八頁)の判旨に同調したものと認められるが右最高裁判決は非麻薬取扱者の事案について麻薬取締法に所謂「麻薬の譲渡」にあたる一事例としての見解であつて麻薬取締規則第二十三条の「麻薬の授与」についての判決ではないから直ちに右最高裁判決の見解に同調することはできないものと思料する。何故なれば麻薬取扱者は麻薬取締規則第四十二条により麻薬の所有又は所持が許容されており「麻薬取扱者が所有権を保有しつつ他人に転売方を依頼してこれを他の麻薬取扱者に交付した」としても麻薬取扱者に対し麻薬の所有所持が許容されている以上直ちにかかる場合においても麻薬の授与又は麻薬の譲渡があつたものと解することは出来ない。裁判官の「麻薬の譲渡」なる見解は麻薬取締規則第二十三条の「麻薬の授与」と同一に解しているか不明であるが麻薬取扱者たる麻薬の所有者が所有権を保有しつつ転売方を依頼して麻薬を他人に交付する場合には麻薬の授与ありと解するのは理解に苦しむところである。
以上の理由により麻薬取扱者がその所有にかかる麻薬を転売方依頼して麻薬取扱者に交付した事案について裁判官の「麻薬の譲渡」ありたるものとする見解には賛し難い。
(B)第二の問題点 「米田優夫が被告人鈴木より麻薬の転売方を依頼せられ麻薬の交付をうけこれを預り昭和二十三年七月十日麻薬取締法施行の日迄転売の目的を以てこれを保管していた事実」については(1) 米田優夫は麻薬小売業者の免許を有する麻薬取扱者であるが故に被告人鈴木より麻薬の転売方を依頼せられ同人所有の麻薬の交付を受けこれを保管していても右麻薬の所持は麻薬取締規則第二十三条により許容せられているので何等同規則違反となるものでない。(2) 米田優夫と被告人鈴木との間に本件麻薬の共同所持の関係が成立すると解する点については前述(第一の問題点(2) において)したところである。被告人鈴木より転売方依頼をうけた米田が該麻薬を預り保管中第三者に対し何等転売方を交渉することなく被告人鈴木にこれを返却した場合、或いは第三者に転売方交渉したるも相手方より買受けを拒否せられ結局転売することが出来ずに被告人鈴木に返却した場合等には被告人鈴木の麻薬の単独所有及び所持に復帰するに過ぎないと認められる。裁判官の見解に従うとき右場合においても「米田優夫より被告人鈴木に麻薬を譲渡した」ことになり麻薬取締規則第四十二条の「麻薬の所持」の概念と裁判官の所謂「麻薬の譲渡」の概念との解釈において「麻薬所有」の範囲内において麻薬譲渡の概念を認めることになり「所有権概念」と「譲渡の概念」とが併立する関係となりその間に矛盾を来すと思料せられる。此のことは米田優夫と被告人鈴木との間に本件麻薬の共同所持の関係が成立することを看過した結果と認められる。
第三の問題点 「米田優夫が昭和二十三年七月十日麻薬取締法施行後においても従来より引続いて被告人鈴木より転売方依頼をうけ預り保管中の麻薬を転売目的を以て所持していた事実」については(1)麻薬取締法第三条第二項違反となる。即ち麻薬取締法第三条第二項に麻薬取扱者の業務目的以外の麻薬の所持輸入等同未遂の処罰規定が新しく規定せられたるにより麻薬小売業者たる米田優夫が麻薬小売業たる被告人鈴木より闇取引を依頼せられ闇取引の目的を以て麻薬を所持している事実は麻薬取締法第三条第二項違反に該当する。(2) 米田優夫と被告人鈴木との間に本件麻薬の共同所持の関係が成立すると解する点については前述(第一の問題点(2) において)したところである。而して被告人鈴木及び米田の両名の間には麻薬不正所持の静的犯罪が成立し更に共同所持の関係は麻薬不正販売の動的犯罪の正犯従犯の共犯関係が成立しておる。従つて被告人鈴木も又麻薬取締法第三条第二項違反として処罰を免れない。(3) 米田優夫が被告人鈴木より転売方依頼を受け麻薬を預り保管中第三者に対し何等転売方を交渉せず却つて自己の麻薬不法所持事犯の発覚を危惧し、麻薬を被告人鈴木に返却した場合には被告人鈴木及び米田間には共に麻薬不法所持の静的犯罪のみが成立するのであつて両者間に不正譲渡、譲受という動的犯罪の成立を認めることは出来ないし、その必要もないと思料する。即ち被告人鈴木及び米田の両名の間には麻薬不正販売の動的犯罪を共謀して正犯従犯の共犯関係が成立したもののその従犯たる米田は何等第三者に対し販売の交渉をせず麻薬不正販売行為に着手することなく却つて自己の麻薬不正所持の静的犯罪の発覚を危惧し正犯たる被告人鈴木に麻薬を返却することにより共同関係を離脱し結局被告人鈴木の単独の麻薬不法所持の静的犯罪に復元したと認めるべきであろう。斯の如き場合において被告人鈴木と米田との間に麻薬譲渡、譲受の動的犯罪の成立を認めることは両者間に共犯関係の存在を看過したものと認めざるを得ない。右設例の場合に米田が第三者に不正販売方交渉したのにその買受けを拒絶せられた結果已むなく被告人鈴木に麻薬を返却した場合には被告人鈴木及び米田には共に麻薬不法所持の静的犯罪が成立する以外に麻薬不正販売の動的犯罪の成立を認めることはできる。即ち米田が第三者に麻薬の販売方を交渉したるによりはじめて麻薬不正販売の着手行為の段階に達し(麻薬に対する支配関係の移転を惹起する具体的危険が発生したと客観的に見うる行為があつたと解す)たのに取引の相方からこれを拒絶せられたものであるから未遂罪が成立するものと認められる。
第四の問題点 「昭和二十三年八月頃米田が渋谷虎尾に対しその業務の目的以外のために麻薬ナルコポン末四・九瓦を売却した事実」については(1) 米田は麻薬小売業者であるがその業務の目的以外のために非麻薬取扱者たる渋谷虎尾に対し麻薬を販売した事実は麻薬取締法第三条第二項違反となる。(2) 米田の麻薬所持が被告人鈴木との共同所持の関係が成立すると解する(前述第一の問題点(2) )以上米田の渋谷に対する麻薬販売は米田の単独犯行と解することは出来ない。右は「麻薬小売業者たる米田優夫は麻薬小売業者たる被告人鈴木から本件麻薬の転売方依頼をうけ預り保管中非麻薬取扱者渋谷虎尾に売捌方斡旋の労をとり以て被告人鈴木の麻薬販売の幇助をなしたもの」と認むべきである。判例の立場を見るに本件麻薬取引の如く「米田が被告人鈴木から麻薬の転売方依頼をうけこれを預り第三者に売捌方斡旋の労をとり麻薬販売の幇助をなしたもの」に類似する事案について左記の如く両者に共犯関係を認め転売方依頼を受けたものを幇助犯として認定したものと認められる判例がある。(イ)名古屋高裁判決(昭二五、二、二七)「(一)被告人北島武夫は多気郡斎宮村で医業を営むものであるが麻薬取扱者の免許をうけていないのに昭和二十二年一月頃麻薬塩酸モルヒネ五瓦を度合郡薗村の森とめ方において同人に売却方を依頼し同人を通じて松本源に金五千円にて販売した。(一)被告人森とめは麻薬取扱者でないのに昭和二十二年一月頃医師北島武夫より販売方依頼をされて受取つた塩酸モルヒネ五瓦をその頃宇治山田大世古町薬剤師松本源方において同人に販売した。」(ロ)札幌高裁判決(昭二五、七、二七)「(一)被告人菊地敬佐は昭和二十四年三月三十日頃札幌市南五条西一丁目の自分の屋台店で被告人菅原すゞえを介して新谷定次郎に塩酸モルヒネ五瓦を譲渡し、(二)被告人菅原すゞえは右事実記載の様に被告人菊地が塩酸モルヒネを新谷定次郎に譲渡すに同人の間にあつて右塩酸モルヒネの取次をなし前記菊地のモルヒネ譲渡の行為を容易ならしめて幇助した。」(ハ)大分地裁判決(昭二五、一一、二八)「被告人古川勝郎は麻薬取扱者でないのに拘らず昭和二十三年七月頃岐部恭四郎より麻薬の売捌方依頼を受け同年八月末頃別府市畑中才三郎方において同人を介し大橋信子に対しこれを売却し遣り以て麻薬の譲渡を容易ならしめて幇助した。」以上の判例の立場を見ても「昭和二十三年八月頃米田が渋谷虎尾に対しその業務の目的以外のために麻薬を売却した事実」については米田の行為は所有権者たる被告人鈴木の麻薬販売を幇助したものに該当すると認めざるを得ない。
第二点法令の誤 原判決には判決に影響を及ぼすこと明かな法令適用の誤がある。
(一)原判決には無罪判決の理由として「(イ)そうすると被告人鈴木としてはその業務の目的以外のために昭和二十三年三月頃に既に右麻薬を米田に手交し以て譲り渡しの行為を完了しているのであつて同年八月の代金授与の時を以て右譲渡行為が完成したとみるべきでない。(ロ)従つて被告人の行為は現行麻薬取締法の施行前にかかる麻薬取締規則(昭和二十一年厚生省令第二十五号)によるべきところ同規則には麻薬取締法第三条第二条に相当する明文がなく結局罪とならない。」としている。
(二)検察官の主張 「麻薬小売業者たる鈴木が昭和二十三年三月頃麻薬小売業者たる米田優夫に対しその所有に係る麻薬の転売方を依頼しこれを交付した事実」については、前述「事実の誤認」の主張の際に(1) 麻薬取締規則違反とはならない。(2) 被告人鈴木と米田優夫との間には本件麻薬の共同所持の関係が成立する。(3) 昭和二十三年七月十日麻薬取締法施行後においては被告人鈴木及び米田優夫は共に麻薬取締法第三条第二項に所謂「麻薬取扱者の業務の目的以外の麻薬の所持」の違反が成立する。(4) 米田優夫が昭和二十三年八月頃非麻薬取扱者たる渋谷虎尾に対し本件麻薬を販売した事実は麻薬取締法第三条第二項の所謂「麻薬取扱者の業務目的以外の麻薬の譲渡」の違反が成立する。の四点について詳細に論じたところであるが裁判官の見解についてこれをみるに裁判官は「被告人鈴木が昭和二十三年三月頃その所有に係る麻薬の転売方を依頼し米田優夫に麻薬を交付した事実を以てこれを業務の目的以外のために譲渡した」としている。然し乍ら右事実を以て「麻薬の譲渡」と認めることは出来ない点については前述「事実の誤認」の主張において述べたところである。検察官が問題として取上げるのは、「昭和二十三年三月頃被告人鈴木がその所有に係る麻薬を転売方依頼し米田優夫に交付した事実」ではなくして「(1) 昭和二十三年七月十日麻薬取締法施行後においてもなお米田優夫が被告人鈴木より従来通り転売方を依頼せられて交付をうけた麻薬を所持している事実 (2) 昭和二十三年八月頃米田優夫が本件麻薬を非取扱者渋谷虎尾に対し売却した事実」が麻薬取締法違反に該当するかどうかが問題となる。
(A)第一の問題点 「昭和二十三年三月頃被告人鈴木がその所有に係る麻薬の転売方を依頼し米田優夫に麻薬を交付した事実」については、裁判官はこれを以て「麻薬の譲渡」ありたるものと解しているが麻薬取締規則には「麻薬の譲渡」という概念はなく同規則第二十三条及び第三十三条に所謂「麻薬の授与」と同一に解しているかは不明であるが若し「麻薬の授与」と同一に解するならば裁判官所論の如く「麻薬取締規則にはその業務の目的以外のために麻薬を授与することにつき麻薬取締法第三条第二項に相当する明文がない」とする見解は一応これを了解することが出来るが、若しそうだとすると麻薬取締規則第四十二条に所謂「麻薬の所有又は所持」の概念を裁判官が如何に解釈するかについては理解し難い。従つて裁判官所論の「麻薬の譲渡」を麻薬取締規則第二十三条及び第三十三条の「麻薬の授与」と解するものとするならば同規則第四十二条の「麻薬の所有又は所持」の概念を看過した法令適用の誤があるものといわねばならない。
(B)第二の問題点 検察官としては被告人鈴木と米田との間に本件麻薬の共同所持の関係が成立するという前提の下に問題として取上げるのは「被告人鈴木が昭和二十三年三月頃米田優夫に麻薬の転売方を依頼して麻薬を交付し米田はその後、これを預り保管し同年七月十日麻薬取締法施行の日まで本件麻薬を共同所持していた事実」を問題とするのではなく「(1) 昭和二十三年七月十日麻薬取締法施行後においても米田優夫が被告人鈴木より従来通り転売方を依頼せられて交付をうけた麻薬をその業務の目的以外のために所持している事実、及び(2) 昭和二十三年八月頃米田優夫が本件麻薬を非取扱者渋谷虎尾に対し売却した事実」を取上げ右の「共同所持」及び「麻薬の販売」が麻薬取締法違受に該当するかどうかを問題とするのである。
右の二つの問題については前述の通り、(1) の事実については被告人鈴木及び米田の共同所持の事実を認め麻薬取締法第三条第二項に所謂「麻薬取扱者の業務目的以外の所持」に該当し、(2) の事実については米田の麻薬販売は被告人鈴木の幇助行為と認め被告人鈴木については麻薬販売の正犯として麻薬取締法第三条第二項に所謂「麻薬取扱者の業務目的以外の譲渡」に該当するものと主張するものである。果して然らば原判決は右の二つの問題点につき何等の事実の認定と判断を下すことなく「昭和二十三年三月頃に被告人鈴木が米田に対し麻薬の転売方を依頼して麻薬を交付した事実」のみを取上げて判断した審理不尽に基く法令適用の誤をおかしたものと認めざるを得ない。以上論旨の如く、(1) 原判決はその誤が判決に影響を及ぼすことが明かである事実の誤認があり、(2) その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである法令の適用に誤があるものにして刑事訴訟法第三百九十七条に従い原判決は破棄を免れないものと思料する。